ユキのいた日々 |
ユキのメモリアル・ギャラリー、わが家の白い守護神の記録です。
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すべてがユキと共に始まった |
右の写真は1990.09.01の撮影、たぶん木曾駒ヶ根の河原で撮った写真だろう。ユキがようやく一歳になろうという頃、まだ若かりし彼の雄姿である。この旅行はユキを連れて出た初めての遠出だった。
同じ年の5月、迷い犬だったユキは、保護したとき、車かバイクにでもはねられたものか右足を骨折していた。
ようやく、その傷も癒えて元気に走ることも出来るようになったユキを連れて、私はいつも、その日の宿泊先に着くと同時に
散歩を兼ねた散策に出掛けたものだ。 少し歩いて、大きな高架橋の傍らに出ると、私はユキと競走するつもりで、その橋を渡ってみることにした。 当時は私もまだ若かったし、足の傷がようやく癒えたばかりのユキとのハンデを相殺すれば、 結構良い勝負になると思ったのである。 高架橋の端から終点までは、たぶん百メートル以上はあっただろうか。 出会いから4箇月、そのときがユキと私のはじめての勝負。 リードでユキに「走れ」と合図を送ると同時に走り始めた。速いっ!リードがぐんぐん引かれて行く! 結局、私はユキに半ば引きずられるようにして百メートルを走った。復路を歩いて戻って来たことは言うまでもない。 そしてこのときの夕暮れが、出会いの日に次いで、私とユキとの「原風景」となった。 そしてあれほど元気で凛々しかったユキが、いつしか12年の歳月を経て、散歩中に突然、立ち尽くすようになる。 2002年、それも明けたばかりの元旦の朝のことだ。それが別れへと至る三箇月間の闘病の始まりだった。 その冬は、初めて屋外飼育だったユキを玄関の中に入れた。ユキは閉所恐怖症だったこともあって、ずっと室内を嫌っていたのだったが、 半ば強制的に閉じ込め、介護モードをスタート。幾度か通院や検査を繰り返した甲斐もなく、やがて4月11日に天に召された。 そのときの経過は、いずれ「私とユキの事件簿」の最終章に書くことになると思うが、 いまここで詳しく触れることはやめよう。 ただひとつ、ユキの一生を見ながら、、、私は12年という歳月が、いかに速く駆け抜けて行くことか、 そして若い命も過ぎてしまえば、ただ刹那であることを改めて知る。だからこそ、いまこの一瞬が尊い。 白い犬、来たりて去りて、永遠の守護神。 |
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ユキのメモリアル |
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ユキと暮らした日常写真を通して思うことあれこれ。 |
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主にユキが同行した旅行先での思い出写真館。 |
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ユキと遭遇した事件簿を記憶を頼りに紐解いてみると。 |
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